自宅を新築するにあたって薪ストーブを取り付けた。キャンプでの焚き火を欠かしたことのない僕にとって、自宅に居ながらにして炎のゆらぐのを見られるというのは何ものにも代えがたい安らぎとなると考えたからだ。でも「趣味のみのため」とか、「インテリアとして」とかで高価な薪ストーブを購入する余裕は我が家にはないので、実際に我が家の主な暖房器具として毎日使うつもりである。
そこで問題となってきたのが燃料である薪の確保。住宅地に住む僕は、排煙がきれいであることをストーブ選びの大前提にしたため、逆にストーブが燃料を選ぶという皮肉な結果になってしまったのだ。広葉樹、しかも堅木と呼ばれる目の詰んだモノでないと触媒を傷める恐れがあるという情報を知った時、僕は頭を抱えてしまった。広葉樹林、いわゆる雑木林は植林先進県であるこの土地にはあまり残っていない。故郷にある幾ばくかの先祖伝来の森もそのほとんどが杉、檜といった針葉樹林なのだ。つまり地方都市の郊外といえども薪をめぐる状況は大都市とさして違いはなく、僕はまずNTTタウンページの「薪炭店」のページを開くことから始めるという非常に都会的な行動(笑)に出た。しかしながら「薪炭店」とは名ばかりで実際には、もう木炭店と改名すべきお店ばかり。異口同音に「今どき薪なんて...」と言う言葉が受話器から流れた。建設会社、建築会社、産廃の焼却場、造園業などなど、伐採した広葉樹の処分に頭を痛めていそうな所にかたっぱしから電話したのだが色良い返答は得られなかった。
そんな時に建築中の自宅に立ち上がった1本の煙突が、僕を救ってくれた。散歩中に煙突を見た近隣の方が声を掛けてきたのである。「立派な煙突だけど、もしかして薪ストーブ?」「ええ、家を建てたら絶対薪ストーブを入れようって考えてたんですよ。」「どんなの入れるの?」「ダッチウエストのスモールコンベクションです。」「DWのFA225なら杉や檜じゃダメでしょう。薪はどうするの?」「....」この人がまさか森林組合の職員だなんてあまりにも出来過ぎた話だけれど、この1本の煙突がまさに彼、森林組合のNさんとの出会いのきっかけとなってくれたのである。
Nさんは山に土地を買い電柱などの廃材を利用して山小屋を建てるのが夢だという「新田舎人」だ。夢だけで実際に実行に移せない人が多いなか、数年前に大手運輸会社を退職し森林組合の職員となった。今では山に土地を確保し、山小屋の材料となる古電柱もかなり集まってきているという。そして、まだ小屋が具体的ではないというのにバーモントキャスティングを購入してしまったという薪ストーブマニアでもある。
この出会いからNさんは毎晩のように電話をくれたり、「今からおいでよ!」といった調子で誘ってくれたりと、僕にストーブの話や薪の話、そしてチェーンソーの選び方やメンテナンスのコツなどを教授して下さった。話すうちに趣味や考え方、そしてライフスタイルまでもに共通点が多いことがわかると彼と僕との間の20年の世代ギャップなんかは全く消えてなくなった感じがした。そしてなんと森林組合が伐採したかなりの量の広葉樹を全て僕のためにに集めておいてくれたのだ。「腐らせずにちゃんと薪割りすれば10年は持つんじゃない?」と笑いながら話すNさんに僕は心からお礼を言った。
Nさん曰く、「薪を買うぐらいなら薪ストーブは止めた方がいいな。薪を集めるという最大の楽しみを味わえないんだから...」「薪ストーブは確かに他のストーブより効率もいいし暖房性能も素晴らしい。だけど火をつけてる時だけが薪ストーブの魅力じゃないよ。昔、ある人がこんなことを言った『薪ストーブは4回暖かいんだ。』ってね。木を切るために森へ入ってチェーンソーを使えば真冬だって汗ばむほど暖まる。庭で無心で薪を割るとまたまたホカホカ。ストーブに入れて火を着けるとやんわりと体が暖まる。これが3回目だね。そして家族で炎を眺めながら会話を楽しむと心が暖かくなるんだな...。ほら、4回だ(笑)。」
Nさんは木こりにして詩人なのである。そんなNさんを始め、正真正銘「田舎人」の友人Uや僕の故郷のおじさん達の親切、友情に助けられながら、僕の薪ストーブ生活はスタートを切った。そんなわけでストーブに火をいれるのはまだまだ先のことだけれど、僕の心はもう暖かいのだ。