昨日もリベンジなら今日もリベンジ。去年11月の鳥取キャラバンの際、生憎の悪天候で本堂まで辿り着きながら、その先は入山禁止の憂き目に遭った三徳山に再挑戦なのである
僕が三徳山を知ったのは随分前(たぶん高校生か大学生の頃)のこと。図書館で見たリアリズムの巨匠・土門拳氏(*実は僕がかつて一番憧れていた写真家でもある)の写真集で国宝・投入堂への登攀記を読んで、日本中の古寺を巡り多くの素晴らしい建築を目にしたであろう彼が“私は日本第一の建築は?と問われたら、三仏寺投入堂をあげるに躊躇しないであろう。”と述べているのを目にして以来のことである。
加えて、西暦706年、葛城山出身の役の行者が“仏縁のある場所に落ちよ!”と念じながら三枚の蓮の花びらを散らし、その三枚の一枚は吉野に、もう一枚は石鎚山に、そして最後の一枚がここ三徳山に落ちた*1...そんな伝説を吉野について調べている最中に偶然知ってしまってからは、どうしても行きたくなるのが我が家(笑)。そんなわけで去年のリベンジを果たすべく、今年もやってきてしまったという次第である。
*1原文
爾時三莖蓮華 一莖落伊輿國石辻 千光佛浄土 一莖落大和國彌勒長 大光佛浄土 一莖落伯耆國三徳山 無量光佛浄土以知三所機縁深慮 佛法霊験之勝地也 by
金峯山創草記〜吉野/金峯山〜
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