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December.2002

 

 

 


熊野古道・馬越峠

12月14-15日 牡蠣三昧&熊野古道・馬越峠トレック(キャンプinn海山)
11月のある日、いつもは見ないけど何気なくつけたケーブルテレビのローカル番組。海山町の特集ということで家族揃って見てたら、秋冬の味覚・渡利牡蠣(わたりがき)が美味しそう!海山町の冬の味覚といえば、この渡利牡蠣。汽水域で育つメチャウマの牡蠣だけど、生産量が少なく地元でしかほとんど手に入らない、いわば“幻の牡蠣”。(海山に行けば食べられるのだから“幻”は大袈裟かも?...笑)

カヌーシーズンも終わり、寒さでキャンプも山歩きもNGの女性陣。でも、TVから流れる渡利牡蠣のプリプリ映像を繰り返し見せられたら黙ってはいません...キャンプinn海山のサイトを開いては『ねっねっ、海山にはいつ行くの?』状態のママ。

折しも、TAKEさんのトレーラーが納車されて家族でキャンプに行くということで、これ幸い!と我が家も同行させて頂くということに決定する。
せっかく海山に行くのなら、以前からアキヒロさんちと行こうって言ってた熊野古道・馬越峠トレッキングにも行きたいしなぁ...
そんなこんなで、何だかいつの間にやら一泊二日の予定の中に、『上げ膳据え膳で美味しい渡利牡蠣フライ』『でも冬のクリアな星空を見上げながら焚き火で焼牡蠣』『TAKEさんちの素敵なトレーラー見学会』『その上リバーサイドでキャンプ』『キャンプ場から5分だぞ!熊野古道・馬越峠トレッキング』etcの遊びを詰め込む、超・ハードスケジュールになってしまう。欧米流の“のんびりした休日”はまたもや夢の彼方へ(涙)

火曜〜水曜と西伊豆への温泉旅行を楽しんだので、金曜夜まで仕事に忙殺された関係で(涙)準備は土曜朝から。どうにかトレッキングの装備を積込んでカシータを繋ぎ終えた時にはすでに10:00を少し過ぎてしまった。


これが渡利牡蠣だっ!

10:30自宅を出発。伊勢自動車道〜R42をいつもより●割増しのスピードで南にひた走る。あっという間に海山町に入り、お魚らんど海山で海鮮丼(¥800)の昼食を楽しみ13:00キャンプinn海山到着。
Oさんとしばらく管理棟前で立ち話をしてから、サイトにカシータを入れる。さすがにこの季節ともなるとキャンプinn海山は僕たちだけのもの(笑)。Oさんによれば、今日のオートキャンプサイトは僕らの貸切りなのだそうだ。


カシータとインディアナTR-4

今日はTAKEさんの妹さんご一家がコテージ泊ということでリバーサイトの一番奥が僕らのサイト。
カシータを押したり引いたり苦労していると、キャンプ場へのスロープにTAKEさんのステップワゴン青空号が見える。
いつ見ても清清しいスカイブルーのステッピ−!そして後ろに続くトレーラー...シャドークルーザー・インディアナTR-4!の白いボディが眩しい!
「何だか青空と白い雲って感じね。」
Azuが便石山の稜線に続く青空と白い雲とTAKEさんのクルマを見比べながらつぶやく。確かに今日の空はスッテッピ−&TR-4色だな。

TAKEさんが到着して間もなく、TAKEさんの妹さんご一家もキャンプ場入り。
カシータのオーニングの下で、るみさん差し入れのケーキを頂きながらティータイムを楽しむ。と、そこへスタッフOさんが両手に何かを抱えて登場。ひとつは何やら小包のようだけど...差出人を見るとマジコさん!?

開けてビックリ!気田川でお願いしたWウォールマグカップがひとつひとつキチンと包装されて入ってる!さすがマジコさん、キッチリした仕事だなぁって感心する。そしてマグカップの隙間を埋める見慣れぬクッション材...おおっ、クッション材じゃなくて袋入りのマシュマロ!『もう、マジコっちったら〜〜!』ともちゃんも感動のあまり笑いながら涙目(笑)。マジコさんらしい心憎い演出に一同感動&爆笑のひととき。
そしてもうひとつの銀色バケツ..それは、“謎のミヤマー”S氏からの牡蠣の差し入れ!バケツ山盛り一杯のノガキ!!のがき?nogaki??聞けば“野牡蠣”と書くらしい。(要するに野兎の“野”と同じで養殖ではない天然モノということ。)
石がくっついた野趣溢れる姿の野牡蠣はS氏のお父さんが大潮の干潮時にフネを出して水深3mの海底から長い竹挟みで一個一個収穫して下さったもの。海岸から離れているので雑菌が少ない上、熊野灘のミネラルを多く含んだ濃い海水が天然の調味料になって絶妙の味なのだそうだ。夏のウナギといい、今回といい、本当にお世話になってばかりで恐縮だけど、ご好意を無にしてはいけないということで有難く頂戴する。


マジコさんからのマグ&Sさんからの野牡蠣


リバーサイドホテルにて(笑)

冬の寒さにも負けず、子供たちが勝手に遊んでくれてる間に、大人達はゆったりとおしゃべりを楽しむ。

辺りが少し暗くなって来たところで、夕食の準備。...と言っても、今日は上げ膳据え膳(笑)。食事から戻った時に暗闇で困らなくてもいいように、ランタンのポンピングを済ませ、焚き火台、FFヒーターや温水ボイラーのセットアップだけなんだけど。


牡蠣フライを食べに行ったけど、フツーの民家?

4:30、S氏に紹介&予約までしてもらった民宿へ向け出発。
いよいよCATVで見た念願の渡利牡蠣のカキフライを食べられるということでMamaは鼻唄まで飛び出して大はしゃぎだ(笑)。SHUFUNOMISEで明日のトレッキングの食料を調達して、10分ほどで海辺に建つ民宿“K”に到着。

見かけはフツーの民家そのものの“K”。奥さんが出迎えてくれなかったら、見逃してしまいそう。ところが中に入って驚き!明るく趣味の良い個室に仕切られている店内はまるでレストラン!。それもそのはず、お父さんが釣り舟で釣ってきた旬の食材をイタリアンの修業経験を持つ息子さんが料理するとということで、メニューは活き造りからパスタまで和洋折衷何でもあり状態。

ここへ来た目的の渡利牡蠣フライ(ふた皿!)は当然のことながら、旬メニューばかりの『黒板メニュー』を中心にア・ラ・カルト(黒板だから“ア・ラ・コクバン”かも?)で十数皿を注文し、地酒をチビチビやりながら(*Mamaのみ。クヤシィ〜〜!)戴く美味しさと言ったら、もう...

“サクッ、クチュッ、ジュワ〜”な牡蠣フライ...基本的に牡蠣の味がまだ解らない子供達さえ奪い合うウマさでした(笑)。最後に生垣に咲いている椿を添えた手作りサツマイモアイスクリームを戴いてディナ−は終わり。もうここまでしちゃうと、キャンプだなんて言えないな(笑)

いえいえ中はオシャレな“K”
イタリアンメニューも充実!
念願の牡蠣フライはもちろん、
黒板メニュー食べまくり!

2時間ほどかけて、のんびりディナーを楽しんだ後は、再びベースキャンプへ。焚き火台に火を入れていると、妹さんちのコテージで夕食を終えたTAKEさんたちがチェア持参で焚き火台の周りに集まり始める。いよいよ野外で“野”牡蠣パーティの始まりだ。

『焚き火の輪の大きさは寒さに反比例する』というパスカルの定理(ウソウソ...笑)通り、チロチロと燃え始めた焚き火の収容人数は5人ほど。
ところが炎が盛大に上がると、輪はどんどん大きくなって、Snowpeakの焚き火台の野牡蠣&渡利牡蠣(TAKEさんが仕込んでくれた“熱燗鍋”の置き場がなくなるほどてんこ盛り)から白い湯気が上がり始める頃には、総勢13人。

「あっ、開いた開いた!」牡蠣が口を開けるたび、歓声を上げて遠慮してるふりをしつつも、実は奪い合う大人達(笑)。牡蠣の隙間から上がる炎を狙って割り箸に刺したマジコ's マシュマロをかざす子供達...


うっひっひっひ

野牡蠣バンバン焼いちゃえっ!

子供はマジコさんのマシュマロを焼く

まったりとジューシーな渡利牡蠣、熊野灘の海水で天然調味された凛とした端正な味わいの野牡蠣、そしてフワフワトロ〜リなマシュマロ...超・贅沢で超・美味しい冬の夜は更けてゆくのだった...。

「あっ流れ星!」みんなの視線が焚き火(正確には焚き火の上の牡蠣?)から冬空に輝くオリオン座&冬の大三角形に移る頃、バケツ一杯の牡蠣と三束の薪が尽きて宴会はお開きとなる。
カシータの外気温計が摂氏3℃を示すものの、心とカラダがぬくぬくの僕らはそれぞれのねぐらに戻って行く。

TAKEさん一家にとってはトレーラー初夜。FFヒーターで空調された室内でどんな夢を見るんだろう...零下5℃の西湖畔で迎えた2年前のトレーラー初めての夜を思い出す僕らだった。


渡利牡蠣&野牡蠣(Wild oyster)!!

 


 


朝焼の空

昨晩はキャンプにしては早々と眠りについたので、目が覚めるのも早かった僕。日の出前にMamaのダウンジャケット(正確には元・僕のなのだが、Mamaに奪われたシェラデザイン60/40....涙)を羽織って外に出る。外気温は1.6℃、一晩中サイドオーニングをばたつかせていた風は止んで、静かな朝だ。東の天狗倉山の稜線のすぐ下にまで太陽が昇ってきているのだろう、黄色からブルーのグラデーションが美しい空に紅色の雲が浮かぶ。そんな空を魚眼レンズのように映し出すカシータのボディ。思わず何度もOLYMPUSのシャッターを切ってしまいたくなる素晴らしい色彩の妙。僕の吐く息が白い靄のように広がり、液晶モニターでも確認できるほどなので、しばし息を止めて撮影する。

そんな静かな朝に響くOLYMPUSのシャッター音...“ゲコッ!”(この間抜けな疑似レリ−ズ音は何とかならないンでしょうか...笑)
朝焼の空を撮影した後は、PRIMUSのダブルバーナーにエスプレッソメーカーを載せ、自動点火ボタンをパチンと鳴らす。不覚にも使い慣れたパーコレイタを家に忘れ、昨日Oさんから借りた(ナント、OさんはコイツをCoupe Fiatに常備してる!)このアルミのヒョウタン。パーコレイタよりもはるかに短時間で独特の蒸気音を発してコ−ヒ−が沸く優れモノだ。蒸気音が止むやいなや、熱々の少し濁ったコーヒーを魔法瓶に注ぎ、こちらにやって来たTAKEさんと男ふたりでモーニングコーヒー。


朝日に輝くダブルトレーラーズ

東の稜線から太陽が顔を覗かせると、見る間に空の色は青に変わり、2台のトレーラーに降りた霜が解けた雫がキラキラと輝きながら流れ落ちる。眠そうに起きてきたMamaがFFヒーターの排気口から出る温風に手をかざしながらテーブルの上でフレンチトーストを仕込んでいる頃、アキヒロさんから携帯にモーニングコールが入る。Moeっちの体調が今一つなので、今日はアキヒロ&Koukunの男チームだけでの参加になるとのことだ。『アキヒロさんちが今から出発なら、僕らはサイトでのんびり過ごして待ってますよ。』そんなこと言ってたにもかかわらず、撤収作業をのんびりやってたらすぐに約束の10時になってしまい、慌てて約束の道の駅・海山に向かう。


スタート直後から石畳が続く

すでにお待ちかねのTAKE家&妹さんご一家とアキヒロ家。手早くDiscoのカーゴからザックやトレッキングシューズを下ろし、靴の履き替えをする僕ら。そんな時、僕が忘れ物に気付いて思わず声を上げる。
「あっ、飲料水忘れた!」道の駅のレストランで水を分けて頂き事なきを得るが、もう少しで今日の昼食・カップ麺をパリパリ食べなければならないところだった(涙)。
続いてリアバンパーに腰掛けたMaakunが小さな悲鳴を上げる。「あっ、靴下忘れた!」年中裸足の彼らしい忘れ物(涙)。こちらもTAKEさんちにお借りして何とか出発準備完了だ。

10:50スタート。道の駅・海山から国道42号線沿いに600mほど歩くと、そこは鷲毛バス停。左手に熊野古道の入口が見えてくる。古道に足を踏み入れると、いきなり檜の美林の間を縫うように古びた石畳の道が上へ上へと伸びている。

初めて歩く熊野古道。かなり急な傾斜に隙間なく敷き詰められた石の道...世界一の降雨量を誇る(?)ここ東紀州で、一旦人々から忘れ去られていた道の石畳がこれほどに良い状態で残っていることに驚きを通り越して感動せずにはおれない。
石種はそのほとんどが地元産のいわゆる尾鷲石。昔から、そして今も石垣の間知石として使われる雲母が綺麗な花崗岩なのだが、“794(ナクヨ)鶯”の時代から熊野詣のメインハイウェイとして人々が往来し、江戸時代に紀州藩によって駕篭の往来を考えて幅一間半(2.7m)という当時にしては“高規格”な街道として整備されて以来、昭和の初めまで県道であったここ、熊野古道。その石畳がほとんど浮いたり外れたりすることもなく、充分にその役目を果たしうるということは本当に素晴らしい!


まさに熊野古道!


逆光が美しい

詳しい知識はないけれど(笑)、これは一重(ひとえ)ではなく二重、あるいは三重に石を敷設して強度を出しているに違いない...とか、石の並べ方を観察しながら麓から上に向け順に積んだのだな、とかそんなことばかりに感動しつつ、昔の匠の技を偲びながら歩みを進める。左に夜泣き地蔵尊の小さな祠を見ながら石橋を渡って清冽な水が流れる沢で喉を潤し、階段状の急傾斜を登るとシダに埋もれるように一里塚の跡がある(1050m/11:40)。ここから20分ほど行くと、いよいよ標高325mの馬越峠。ここで休憩を取りながら、メンバーの疲労を考えながら今後のコースを考えることにする。


山頂の大岩(麓を歩くAzuがお人形のように小さく見える)

..というのも、今回はTAKEさんの妹さんご一家もこのトレッキングに参加してくれたので、メンバー最年少は4才!急な登り坂の山道を峠まで2.5kmも機嫌良く歩いただけで“表彰状”モノの恐るべき4才なのだけど、一旦ご機嫌斜めになった時のお母さんの負担を考えると...ところが、さすがはTAKE一族。お母さん(TAKEさんの妹さん)の「行きましょ!」の一言(笑)で熊野古道を外れ、天狗倉山へのコースを歩み始める。かなりキツイ道のりだとは聞いていたけど、登山道はまるで高層ビルの非常階段状態。確かに400mほどの行程で標高差約200mを登り切るのだから当然といえば当然。さすがの僕も休み休みでないと歩けないほど疲労困憊だ(背中の飲料水4.5リットル&おーいお茶1.5リットルが...)。ひーひーフーフー言いながら登ること30分、正面の林の間から天高くそびえる大岩が見えると山頂はもう間もなくだ。

ニヒルにキメる“イカす”アキヒロさんと尾鷲市街
天狗倉山(552m)登頂!

絶壁からのパノラマ(尾鷲〜熊野灘)

「着いたぁ〜!」Maakunの大声が響く大岩の左側を回り込むように登ると、山頂に到着する(13:00)。防波堤のように山頂広場を取り囲む岩壁。その上に立つと断崖絶壁の向こうに尾鷲市街、日本一高い火力発電所の煙突、そして穏やかな表情を見せる尾鷲湾が見渡せる。「うっわぁ〜登って来てヨカッタねぇ〜!」疲れを忘れさせてくれる見事な景色!
「お〜い!もっとすごい景色だよ〜!」頭上からMaakunの声。見上げると、広場からさらに大岩に登る鉄製のはしごが設置されていて、子供達はすでに登りきって手を振っている。せっかくだから上で昼食にしようということでザックを担いだまま鉄はしごを上る。

「おおっ!」大岩の上はまさに絶景!正面に大台ケ原の山並と銚子川、振り返ると先ほどよりさらに素晴らしい尾鷲湾...“ひと登りで200m”(高度差)はかなり苦しかったけど、“ひと登りで2度美味しい”グ●コキャラメルのように得した気分なのだ。(しかも銚子川沿いに目を移せば、キャンプinn海山に停めたカシ−タのお尻がちらりと見えてるし!)

二十畳ほどの広さがある大岩にザックを下ろし、少し遅い昼食の準備に取りかかる。「あっ、ガス忘れた!」アキヒロさんもたまには忘れ物するのね(笑)ということで、僕のPRIMUSで6人分のカップ麺のお湯を沸かし、コンビニおにぎりを頬張る。その間も男の子たちは鉄はしごを登ったり降りたりして、活発に飛び回っている。


山頂の大岩へはこの梯子で登る

大岩からのパノラマ(尾鷲〜海山)
ランチポイントから望む尾鷲市内
キャンプinn海山(手前にカシ−タのお尻が見える)

大岩の下には天狗の“倉庫”の岩穴が!

下の方から「お〜い、洞窟見つけたぞ〜!」というMaakunの声。続いて「わ〜、入れる入れる!」「つながってるよ、これ!」「秘密基地だぁ!」

どうせ、岩の隙間でも見つけたんだろう、大袈裟な!と見に行ってびっくり!なんとこの大岩の下に人が何十人も入れるような大きな穴があるっ!小学4年3バカトリオは、どこからか拾ってきた木の枝を穴の出口に立て掛けて「タスケテェ〜出してぇ〜!」などとわめきながら牢屋ごっこ。
ん?牢屋?そうか!
...この山には天狗の力でしか動かせないような不思議な大岩があり、その下に“倉”すなわち岩屋があることから天狗倉山と名付けられたんだ!この時ばかりは、大人だけではきっと見落とすような小さな岩屋の入口を発見してくれた3バカトリオに感謝した次第(笑)


大岩の上から望む銚子川と大台ケ原(中央が日出ケ岳)

1時間半ほどを山頂で過ごしたあと、14:20僕らは下山を開始する。本当は馬越峠を左にとり尾鷲市街まで下る予定にしていたのだが、尾鷲から海山に戻るバス待ちで時間を取られそうなので、そのままUターンして海山往復コースに変更することにする。

往路とは全く違う表情を見せる熊野古道。まるで全然違う道を歩いているようで僕らを飽きさせない。往路では先頭を突っ走っていた小4の3バカトリオは、商店街で立ち話するおばちゃんのようにおしゃべりに夢中で、時折立ち止まってしまうほど。しかも話題は...下ネタ(涙)
『お〜い、3バカトリオォ〜置いて行くぞぉ〜!』と僕。
『3バカトリオって言うより“下ネタ猿軍団”の方がお似合いよ!』(苦笑)とMama。
『コラッ!“酩酊少年隊”!急げ!』とアキヒロさん。
出会った瞬間から気の合う申年3人衆は、夕暮れ迫る幽玄の世界とも言える熊野古道の雰囲気をぶち壊しながら、あっちへヨロヨロ、こっちへフラフラ...バカ笑いをしながら進むのであった(涙)。


JW、Gregory、MILLET...ザックだけは一人前

キャンプinn海山から天狗倉山を望む
山頂右の斜面が大岩の位置

帰り道は往路の半分ぐらいの時間で道の駅・海山に到着。キャンプ場に戻らなくていいアキヒロ親子とTAKEさんの妹さんご一家とは、ここでお別れだ。2家族と別れた我が家とTAKE家は、再びここから10分ほどのキャンプinn海山へ。サイトに戻り、それぞれのトレーラーを繋いで管理棟前にクルマを停めたのがちょうど16:00。デイキャンプキャンペ−ン実施中(キャンプ当日朝10時から翌日16時までサイトを自由に使える嬉しいサービス)のキャンプinn海山だからこそ可能だった今回の“遊びてんこ盛り”プランだけど、本当にギリギリまで遊んでしまいました(笑)。
スタッフの皆さんにお別れを告げ、キャンプ場を並んで出発する2台のキャンピングトレーラー。「ホント、よく遊んだね!Chchoが寂しがるから早く帰ろう!」と僕。『そうだよね、早く帰ろう!』...子供達のそんな返事を期待していた僕だったが...

「え〜、もう帰るのぉ?お魚ランドでお買い物していこうよぉ!」電池切れはまだまだ!な子供達。
で、結局、お魚ランドのバス用駐車場を占領して停まる2台のトレーラーの姿。お買い物に目の色を変えるMama、試食コーナーに目の色を変えるAzu&Maakun、そして財布の中身を確認して顔色を変える僕...たぶん2002最後のキャンプはこうして終わりを告げたのであった(涙)。


TAKEさんのTR-4とともに

 


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3...2...1...ZERO! こんにゃく投入カウントダウン!

12月1日 蕎麦打ち&こんにゃく作り

またまた友人Uからお誘いをもらって、家族総出でUの実家へ。今日は何をするの?子供達もドキドキワクワク。Uの実家に行くということは、子供達にとっても僕ら夫婦にとっても楽しい山村留学のようなもの。田舎生まれの僕にとっては子供の頃の追体験、都会育ちのMamaや田舎なくせに都会っ子と変わらぬ生活を送る子供達にとっては見るもの全てが新鮮で魅力的な初体験。UやUのご両親にいつもいつもお世話になって悪いなぁ、と思いつつも、楽しさの誘惑に負けてお言葉に甘えてしまう僕らなのだ。
今日のお題は『蕎麦打ち&こんにゃく作り』。なかでも蕎麦打ちは、以前からやってみたいと思いつつも、何となく“男の趣味”のなかでも神格化されてる感じがイヤで手を染めてなかった分野。今回は挽きたての蕎麦粉とこんにゃく芋があるということで、エプロンと三角巾(バンダナだけど)だけを持参して自宅から1時間ほどのUの実家に向かう。

蕎麦打ち 実家に着くと早速みんなでエプロン姿に変身。座敷にビニールシートを敷いて、まずは蕎麦打ちから。Uのお母さんが電話すると、“蕎麦打ちの講師”近所のおばちゃんが登場。僕らの前で実演しながら蕎麦打ちをレクチャーして頂く。(1)いつもなら“よそ見わき見大魔王”の我が家の子供達も興味津々。一語一句聞き漏らすまいと真剣な表情でおばちゃんの言葉に耳を傾け、おばちゃんの手先で粉からだんごになりクレープから麺に変わっていく様を見つめる子供達。お勉強もそれぐらい真面目にやってくれたら...なんてことは今日は言わないでおこう(笑)。
一通りの作業が終わり、蕎麦が茹で上がると、何の味付けもしていないソバに手を伸ばし試食。う〜ん、蕎麦の風味が最高!...ってなわけで、いよいよ僕らも蕎麦打ちに挑戦することに。


1.エプロンを着て準備完了!
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まずは800gの蕎麦粉に200gの強力粉を加え、手のひらではなく指を熊手状態にして手早く均一に混ぜる。次にお湯を少ないかなぁってぐらいまで加えながら引き続き混ぜ続けると粉が玉状になってくるので、さらにそれを揉み混ぜるとひとつの塊に。自分で言うのもなんだけど、妙に上手いのだ。普段の仕事に近いからかも?(笑)。それを更にこねると塊に粘りが出てきて、しかも手にくっつかない粘土状態まで、ただひたすらこねる、こねる、こねる。3〜400回こねたかな?(2) 艶々となってこのまま球にして飾っておきたいほど絶妙の状態になったところで、蕎麦粉を薄く捲いた板の上に載せて麺棒を使って薄く伸ばしてゆく。(3) 極薄に伸びたクレープ状態のものをそば粉をまぶしながら4つに折って専用の包丁で細く切ると、麺らしくなる。(4) あとは裏庭の釜に入れて(5) 茹でて吹きこぼれる寸前にびっくり水を2回で蕎麦の出来上がり!(6)

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こんにゃく作り 昼食にうちたての蕎麦を戴いたあとは、またまた初体験のこんにゃく作り。玄関先でよく洗ってひと茹でしたこんにゃく芋の皮をむいて(1)、台所のミキサーでお湯を加えて潰す。ミキサーから出した“こんにゃく生ジュース”にモミ殻の灰汁を加えて桶でこねまくる(2)。だんだんと粘りが強くなり、手にくっつかなくなるまで固まったら、丸めて強く叩きながら空気を抜いて、灰汁を塗りながら形を整え釜へ放り込む(3)。あとは裏山でカラス瓜でも採りながら待つだけ(笑)で出来上がり!

1日に2種類の手作り体験!とても楽しい1日を過ごしたのだった。

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友人U宅ではざるそばとして戴き、翌日はかけそばにして味わいました。
もちろん、当日採ったしめじも入ってます。うっひっひ...

 

 

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