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Photo Essay Vol.9


スウイート・テン・カヌー

 

「スウィート・テン・ダイヤモンドか.......。」カヌーを眺めながら夫はひとりつぶやいた。

そこに置かれた赤いカヌーの“HUNTER”の文字。その右には10個の星が誇らしげに並んでいた。
「沈するたびに記念の星印をつけましょう!」妻の呑気な申し出に夫は最初少し戸惑った。

「またやっちゃった〜。」と呆れる妻と息子(3)、「エーン、エーン」と抗議のうそ泣きを続ける娘(1)。カヌーを起こし、ベイラーで水を掻い出し、子供たちを拾い集めてカヌーに放り込んで、岸まで引っぱりながら泳ぐ・・・。夫にとって沈は決して楽しい出来ごとではなかった。

「沈なんて自慢するもんじゃないよ。」
「安全にレスキューできて、あとで笑える沈なら大威張りでいいじゃない。」結局妻の意見が通り、夫は渋々、金星印をはり付けた。
「撃沈マーク」・・・妻がそう呼ぶ「セルフレスキュー成功記念マーク」は夫の意に反して次々に増えつづけ、ついに10個になった。

10個の星。
「そういえば、今年でおれたち10年になるんだな。」
「ダイヤモンドなんていらないわよ。」
「何か記念になるものを買おうか?」
「カヌーにしましょうよ。もっと大きなフネがいいわ。」

子供たちはどんどん大きくなっていった。家族の赤いHUNTERは、まさに『七福神の宝船』ならぬ『子宝船』と化し、その子宝様たちはカヌーの上でよく暴れた。「かわせみだ!」とさけぶや否や右舷に、「こいのたいぐんだ!」と叫ぶや否や左舷に身を乗り出し箱眼鏡で水中を覗く。(当然、回頭性のよいHUNTERはターンを始める。妻はこれを「箱眼鏡ターン」と呼ぶ。同様に“箱眼鏡沈”もある。)

「CAMPERにしよう。オリーブ色のウッドガンネル。去年Mさんのを借りてみたけど、少し重いだけでHUNTERより漕ぎやすいぐらいだったし。」
「あかがいい!」キャップからニーブーツまで(かつてはオマルまでも....)赤でキメている息子はあくまで赤にこだわるのだったが、妻の「オリーブ色だと鳥さんたちが逃げないのよ。パパにインディアン・ストロークで漕いでもらえばね。」の一言に「パパのいんであん・すろとーく、あんまり進まないよ。」と父の痛いところを突く息子。でも「鳥さん」の魅力に負けた彼は渋々納得する。娘は「あ−」と一言。
こうして家族のもとにオリーブ色のCAMPERはやって来た。

「これってスイート・テン・カヌーね。」赤いHUNTERと並んで裏返しに置かれたオリーブのCAMPERを頼もしげに撫でながら妻は笑った。
「とりさんが逃げないんだよね。」キャリングヨークにぶら下がりながら息子も嬉しそうだ。
「あー。」娘はよだれのついた手で『OldTown』の文字をぺたぺた叩く。
「このカヌーの名前だけど・・」夫は昨夜クラフトナイフで切りだしたカッティングシートをハルに貼りつけた。
「EL ECLIPSE LUNAR(月食)」その下には「DECIMO ANIVERSARIO(10周年)」の文字。
 夫は、ふたりが出会った10年前の月食の夜をこの新しいカヌーの名前にすることで、妻を少しロマンティックな気持ちにさせることを目論んだのだが、妻はこの意味を理解できず意味もなくヘラヘラ笑うばかりであった。「かなでいあん かぬうってかいてあるんだよ」息子は自信たっぶりに妹に説明した。「あー。」娘はやはり、これしか言えなかった。

[CANEWS] 1996 akihikom

 

 



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