FLAME LAYOUT
Photo Essay Vol.8
「あれが亀岩だよね。」「崩落岩のトンネルだ!くぐってみようよ。」 妻と息子は両岸の岩に夢中だ。娘はボトムのエアマットでまだ眠っている。全員がウェットスーツとP.F.Dに身を包んでいるとはいえ、初夏の水はまだまだ冷たい。夫は慎重にパドリングを続ける・・・。 北山川・下瀞。1997年5月。昼間はジェット船が行き交う瀞峡も、朝もやの残るこの時間は静かだ。垂直にそそり立つ絶壁の間に細長く続く青空。ダークグリーンの水面とその上30センチに票う乳白色のもやを家族のオールドタウン・キャンパーが切り裂いてゆく。 「朝早く出てきてよかったわね.」妻は振り返って微笑んだ。 夫がステーションワゴンのルーフにカヌーを載せ、眠ったままのピングー・パジャマの息子(4)とキティーの娘(2)を両脇に抱えた逞しい妻が乗り込むと出発準備は完了だ。4:30AM。
そんなとき、事件は起きた。 「あっ、ぼくのかっぱえびせんがないっ!」息子が叫ぶ。「あ一おいちかった。ごちしょさま。」息子が奇岩に目を奪われているスキに、いつの間にか目を覚ました娘がおやつを平らげてしまったのだった。「カヌーの上で半分食べて、のこりを帰りのクルマで食べるけいかくだったのにぃ!」息子は猛烈に怒って、妹を突き飛ばす。兄がふざけていると思った妹はフネが大きく揺れるのを面白がって、エヘヘと笑う。これが火に油を注ぐ結果となった。娘が逃げる。息子が追いかける。兄妹は取っ組み合いを始めた。ここは大型クルーザーのデッキではなく、4.88mのカヌーの上なのである!家族のカヌーはジェット船の波を受けた時より大きく揺れる。たまらず、父が叫ぶ。「うわあ 4級の瀬だあ−!」一瞬ふたりの動きは止まったが、嘘だと分かると再びファイトが始まる。もうまともに漕げる状態ではない。妻はプレイスを続け、夫はガンネルキックまで繰り出す始末。 ...と、その時、バウの妻がつぶやいた。 「あ、ソフトクリーム売ってる・・・。」ふたりのファイトはぴたりと止む。「えっ、どこ どこ?」ふたりしてバウヘ移動する。「ウソだ。ママまでウソ言ってる。」息子が戻ろうとした時、娘が叫ぶ。 「あ−つ!アイシュクリームたってる。」 視力2.0の妻の言葉は本当だった。はるか前方、右岸の河原にまぎれもなくソフトクリームの電光看板は立っていた。「で、でも、どうして・・・.、」夫は絶句した。 そこはジェット船の休憩所だった。ソフトクリームの看板の奥で愛想の良さそうなおばちゃんが微笑む。「いらっしやい。ボク、おっきな声で喧嘩しとったね・・・。」 休憩所下の2級の瀬を家族のカヌーが下って行く。夫婦岩前のように大きく揺れてはいないがパドリングが何となくぎこちない。よく見ると、4人のパドラーたちの手には、パドルと共にソフトクリームが握られていた。
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