FLAME LAYOUT

 

Photo Essay Vol.2


パパがダークグリーンのステーションワゴンを買ったわけ

 


田口大橋とボルボ/illustrated by aki 1994

 

インディアンストロークが好きだ。ギュンと鳴りながらシャフトに伝わる心地よい振動。水流の中を泳ぐように進むパドル。静かな水面に水鳥を見つけたとき、私は決して得意とはいえないこのストロークを使う。水音の出ないこの漕法は、無闇に鳥たちを驚かせない。息を殺し姿勢を低くしてゆっくりと近付いて行く。羽毛についた水滴が光るのをひとつひとつ見分けられる所まで来た時、不意に彼らは飛び立つ。パドルで水面を叩いたような音を残して。

「今日はまだカワセミさんに会ってないね。どうしたんだろ、風邪でもひいたのかな?」
深い緑一色の視界を突然切り裂くひとすじの青い光。息子はこのちいさな宝石のような鳥に魅せられている。どんなに注意深く近寄っても、雀ほどのその小さな体は、ママの指輪にくっついているエメラルドほどの大きさにしか見えない。8x24のビノキュラーを構えたときには「チィーッ」という声を残し飛び去ってしまう。息子は父のインディアンストロークの稚拙さを散々なじった後、「ちぇっ」と言ってポータブルな野鳥図鑑を開き、空とぶ宝石の写真を見てはため息をつく。

16フィート1インチ。ウッドでトリムされたガンネル。真鍮の金具でアクセントを施されたオリーブ色の船体(ハル)は、娘の初めてのひな祭りの日、我が家にやってきた。妻がくれた結婚10周年の大きなプレゼントだ。メイン州の小さなまち、オールドタウンで造られたこのカヌーは、両端が反り上がった いわゆるメイントラディショナルスタイルの美しいフォルムをもつ。そう、三日月を横にしたような、そんな形をしている。一艇目の赤い14フィートは、昔見た映画に出てきたインディアンRunning Moonの名前を頂いた。そして今度は、El Ecripse Lunarとした。月食、という意味だ。妻と出会った満月の夜。(なんだか狼男みたいだな...)夜空を眺めるふたりの前で始まった月食。運命的ななにかを感じたあの夜にちなんで。

緩やかな左カーブと、それに続くちょっとした瀬をぬけると、ゴールが見えてくる。瀬を越える緊張感と高揚感、パドルを振り回した疲れで息を弾ませながら、息子が叫ぶ。「あっ!ボルボちゃんだ。うちのボルボちゃんがいるよ!」ダークグリーンのボディは周囲の森と同化しているが、850の特徴的なリアコンビネーションランプが初夏の陽光を浴びて輝いている。「全然目立たないね。」息子は少し不満げにつぶやく。「目立たないからいいんじゃないか。」そう言いかけて、私は言葉を飲み込んだ。街で出会うライトブルーメタリックの同型車を見るたび、彼が「カワセミ色だ!」と叫ぶのを知っていたから。

King Fisher's Blue.いい得て妙、確かにいい表現だ。でもね、息子よ!パパがダークグリーンを選んだ理由をあえて言わせてもらおう。ボディは森の色、深い淵の色。輝くフロントグリルはキラキラ光る瀬の色。

フロントグラスには青い空が、白い雲が映り込んでまるで自然の一部みたいだと思わないか?そして、その前に君が立ってごらん。ほら、君がカワセミだ。ライトブルーのP.F.Dにオレンジのパンツを身に着けた君は、まるでカワセミだ。

スキッドプレートを身にまとったカヌーは、少々乱暴に河原に乗り上げる。美しい玉砂利の広がるお気に入りの河原だ。誰もいない河原でパドリングウェアを脱ぎ、裸で泳ぐ。初夏の川はまだ少し冷たくて、でも草や土のいい香りがした。夏はもうそこまで来ている、そんな香りがした。

森を背にした土手の上にダークグリーンのステーションワゴンは停まっている。何だかクルマで走りたい気分。



「今日はキャンプしないでこのままドライブに行こうか?ここからなら水族館も近いし、それとも温泉にでも泊まってホエールミュージアムまで足を延ばそうか?ママには男同士でちょっと旅に出てくるって言ってきたから、明日の夕方までに帰ればいいサ。」と私。
「それより、このままお家に帰ってママをおどろかせようよ!」と息子。
そうだった。君はまだ4歳になったばかり。昨日からもう2日もママに会ってないんだったね。
「ママに会いたいんだろ?」「ちがうよ、そんないみじゃない!」顔を真っ赤にして怒る、そんな強がりがとても好きだ。男らしくなってきたね。

 息子と私、そしてオリーブ色のカヌーを乗せたステーションワゴンは、そのボディより少しだけ淡い緑のワインディングロードを予定より一日早く駆け抜ける。「ママを驚かせる」ために。
「きっとびっくりするよね、ママたち。えっ、もう帰ってきたの。うれしいっ!って言ってさ。」そう言い終わると、息子はリアのインテグレイテッド・チャイルドシートで眠りに落ちた。手にしていた河原で拾った綺麗な石ころがこぼれ落ちる。私はペンドルトンをそっと彼の膝に掛けた。

 

[Tepee] 1995 akihikom

 


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